創業は慶安三年・1650年。
江戸時代、糸魚川市は加賀百万石の参勤交代の宿場であった。
承応元年(1652年)、加賀三世前田利常公の時、
当地に本陣が置かれ、その時に利常公より酒銘『加賀の井』は命名された。
本陣で醸造された酒『加賀の井』は、加州三候へ献上され、
藩主、家老の献立にも用いられていたという。
 
古くより、高品質の酒造りに励んできた『加賀の井』。
この歴史が今もいきづいている。
『加賀の井』は新潟県最古の酒蔵である。

 
       ▲店舗内にある展示物    ▲前田家寄贈文庫蔵  ▲現在の加賀の井酒造

 

創業は慶安3年(1650年)に小林家二代目の九郎左ェ門が
次の一札により古賀坂家から酒屋を譲り受けたことに始まる。  
▲昭和7年の加賀の井酒造
これより2年後、加賀藩の本陣が当家内に併設された際、
時の前田利常公より酒銘『加賀の井』を拝受し、現在に至っている。

 

-奴奈川姫像-
  新潟県の最西端で上越市に隣接する名立町にはじまり、能生町・糸魚川市・青海町に一市三町が糸魚川・西頚城地方であり、古くは「奴奈川の郷」といった。
糸・西はフォッサマグナの西縁で「糸魚川・静岡構造線」が走る地としても全国的に知られている。姫川を挟んで日本列島は東北日本と西南日本に分断される。この地にはまた貴重なヒスイの産出する小滝川と青海川がある。ヒスイ文化発祥の地としても注目されつつある。
もう一つの特徴に豊かな温泉の湧出がある。フォッサマグナ糸魚川温泉、蓮華温泉、白馬温泉、雨飾温泉、蒲原温泉、焼山温泉、笹倉温泉、柵口温泉とその数は今後も増えそうである。
京の都に近く越後の最西端のこの地は、今日では県都からは遠く隔たったところとなったが、フォッサマグナの西縁・糸魚川・静岡構造線の地でもあり、日本列島の東西文化の融合の地として、或いは東北日本と西南日本の境界線上の地してますます注目されるところである。